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「男」= 「ヲク(招く)」の例がない

 万葉集総索引で調べてみると、「男」を「をく」に使用した例はなく、
「をく」自体「呼久ヲク」と「呼伎ヲキ」のみだし、字も違っている。

 「男」字をヲと訓んだのは「男為鳥ヲシドリ」や「持男モチヲ」(←固有名詞)や助詞であって、
「招く」に最も近いものは
香具山はうねびを男志ヲシ(愛し)と13」というもので、これは形容詞である。

 また「も」に続ける例では 「惜哭ヲシモ1059」「惜裳ヲシモ2121
などが「招くも」に近い。「惜しい」という意味の、これも形容詞。
 

雲の切れ目が怪しい

 この四字で目立つのは「男雲」の「雲」字の切れ目が変だと言うことだ。
もし「ヲク・モ」だとすると言葉の切れ目と字の切れ目が食い違っていることになる。
 もちろん「庭」一字でニ・ハという二単語を含む物や
「見良目」という三字でミラ・メの二単語になっているのものあるが、
それらの切れ目の違い方とは違う。
 なにしろ互い違いなのだ。

 そこでこんな雲の使い方が外にもあるのか、総索引で「雲」という漢字の例を調べてみると

  安雲ヤスケクモ2806   高雲タカクモ3245   惜雲ヲシクモ3813
  惜雲ヲシケクモ616   無雲ナクモ2704   少雲スクナクモ2198
  之雲シクモ2071    吉雲ヨケクモ210

など、別に全然たくさんあった。

 が、よく見てみると25例中19例が形容詞で、
動詞の場合も「言雲イハクモ619」「有雲アラクモ258」などと
ク語法のものになっている。

 一例だけ「名雲ナクモ(鳴くも)」という動詞があるので
「招く」という動詞の例がないとは言い切れないが、
傾向として、こういうヘンな切れ目で「雲」字が使われているときは
形容詞かク語法で訓んでみたほうがいいような気がする。
 

モの上に自分がこれからする動作は来るか

 「招くも」は作者が亡夫の魂を「招くよ〜」というような意味だと思われるが、
そのように自分がこれからしようとしている動作を
「も」で詠嘆するのはおかしくないだろうか。

 総索引で「も」の用例を当たってみたところ、その膨大な用例の殆どが

「苦しも3451」    「悲しも1130
「思ひかねつも503」  「忘れかねつも1630

など感情を表す言葉の下に付いていた。(用言の場合は。名詞等の場合は、この際置いておく。)

 たまに動詞の例があっても「呼ぶも1198」は主語が鶴だし
「鳴くも4290」はうぐいすで「鳴らすも3546」などは清水である。

 自分自身が主語の場合は「寝まくも(寝たい)3553」とク語法にしている。

…一例だけ「たもとほり来も(私は回り道をしてきました)1256」という例があるので
「招く」が絶対にありえないとは言えないのだけれど。

 以上三つの疑問について調べてみても、明確な答えは浮かばなかったのだが、
全体的に「形容詞」「ク語法」というキーワードが浮かび上がってきたように思う。

 「惜雲=ヲシクモ」「情雲=ヲシケクモ」にならって
男雲=ヲシ(ケ)クモ」とするのはどうだろうか?

 また「男雲=ナクモ」説についても、前述の木下説の中で
ナンがナにはならない証拠としてあげられている字は「南」のみなので、「男」字の場合もそうなのかという疑問は少し残る。
現代でも「南雲(ナグモ)」という姓があったはずだ。
 「智」が音読みであれば音訓混交の問題にもさしさわりないし、
「ナクモ」説は完全に否定していいかどうかまだ判らないのではなかろうか。

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